【リーダ】 「で、こちらがユニットバスになっております」 【司】 「でかい……」 ユニットバスといいつつも、 実家の風呂よりも大きい。 【リーダ】 「そうで御座いますか?」 リーダさんが小首をかしげる。 おそらく彼女の目には大きく見えないのだろう。 生活環境のギャップをひしひしと感じる。 【司】 「あー、寮っていうけど……  ここまでちゃんと設備が整ってると、  まるで高級ホテルみたいだな」 なにもかもが整然としている上に、 タオルから石鹸にまで風祭のロゴが入っているのが その印象を強化する。 【リーダ】 「ですが如何にも寮に相応しい設備も御座います」 【司】 「なに?」 【リーダ】 「廊下にある共同の炊事場と洗面所です。  各部屋に洗面台はありますが、  廊下の共同のを使う方が多う御座います」 【司】 「………」 ということは 毎朝、起き抜けの乱れた姿の御嬢様達が、 歯を磨いたり顔を洗ったりしてるって事か。 【リーダ】 「司様。どうかなさいましたか?」 【司】 「……男性教師としては、  朝、廊下に出ない方がよいのかな?」 【リーダ】 「何故で御座いますか?」 【司】 「ほら、朝はさ。みんなだらしなかったりするから  そういう姿を男の僕が見るのは、  色々とよろしくないのじゃないだろうか。と」 【リーダ】 「問題ありません。  年頃の男女を同じ空間に置くことこそが、  この特異な制度の眼目ですから」 【司】 「え? なんだかそれって……」 まずくないか? まるで不純異性交遊を勧めているみたいだ。 【リーダ】 「あ、いえ、その、  司様が考えていらっしゃるような意図では。  勘違いをなされるかたが多くて困ります」 【司】 「そ、そうだよね。  御嬢様学院でそんな破廉恥な意図がある訳がないか。  あは。あははははははは」 いかんいかん滝沢司。 女の子だらけだからと言って舞い上がるとは。 僕は新米とはいえ教師なのだから。 【リーダ】 「学院生の皆様は、異性の視線がある事で、  女性だけの空間だと欠落しがちな慎みを  維持できるのです」 【司】 「成る程。それでなのか」 確かに、女子しかいないと凄いらしいからな。 大声で生理用品の貸し借りだのするらしいし。 御嬢様である以上、その辺の慎みは必須なのだろう。 【リーダ】 「司様は、ルームサービスを御希望なさいますか?」 【司】 「ええっ!? る、るーむさーびす?」 【リーダ】 「シーツの取り替え、朝食夕食のお届け、  服の洗濯、部屋の掃除など一切を  此方がお引き受け致します」 【司】 「い、いや、そこまでしていただかなくても」 【リーダ】 「承知致しました。  ルームサービスを御希望なら  いつでもお申し出下さい」 【司】 「は、はい」 【リーダ】 「服は、所定の袋に入れて、  クリーニング室に持参していただければ  次の日までにクリーニングいたします」 【リーダ】 「クリーニング室まで持参して頂かなくとも  部屋の前に袋を出しておいていただければ  同様に致しますが」 リーダさんは少し言葉を切り、続けた。 【リーダ】 「……持参して頂く方がよろしいかと。  現に教員方の大部分はそうしております」 【司】 「別に持っていくくらい構わないけど……。  何故?」 【リーダ】 「……御嬢様方の好奇心と悪戯心を  侮ってはなりません」 【司】 「…………」 隠されたり、まかれたり、 品定めされたりなのだろうか。 どれも嫌だなぁ。 【リーダ】 「シーツ、枕カバー、掛け布団は、持ってきて  戴ければクリーニング致しますが、毎週土曜日、  こちらで強制的に整えさせて戴きます」 【リーダ】 「勿論、その時、部屋で何を見たとしても  他言は致しませんから御安心下さい」 【司】 「……」 凄すぎるよ。 なんかここに慣れると、 人間性が根本的に変わりそうだよ。 【リーダ】 「くれぐれも、同じ服を2日続けて着るような事は  避けていただきたく存じます。  御嬢様方に与える印象も悪う御座いますし」 【リーダ】 「生活指導の坂水先生は、そう云う事柄に  厳格な方でいらっしゃいますから」 【司】 「リョ、リョウカイシマシタ」 思わずロボット喋りになる僕だった。 【リーダ】 「それから司様。お荷物が届いていない以上、  着替えもないとお見受けしましたので、  こちらで用意させていただきました」 【リーダ】 「司様の趣味と合わぬ服装かもしれませんが、  お荷物が届くまで我慢してくださいませ」 【司】 「な、なにからなにまでいたれりつくせりで、  どうもです……」 【リーダ】 「いえ、仕事ですから。  説明が必要な事は以上です。  司様。何か質問は御座いますか?」 【司】 「……ううん。  取りあえずは思いつかないで御座います」 【リーダ】 「ぷ」 僕はまた慣れない敬語でやっちまって、 リーダさんは一瞬吹き出し掛けたが、 すぐ真顔に戻り。 【リーダ】 「では司様。今日の所はごゆっくりお休み下さい」 【司】 「ああ」 ドアノブに手をかけた所で彼女は振り返り。 【リーダ】 「差し出がましい言いようかもしれませんが、  生活も言葉もおいおい慣れていけばいいと思います。  無理をする必要は御座いませんから」 【司】 「……ありがとう」 【リーダ】 「では、今日はゆっくりとお休み下さい」 僕は、自分の城となった空間を見回した。 【司】 「広いな」 なにもないから、ということもある。 でも、荷物が届いても、そう変わらないだろう。 そんなに物持ちじゃあないから。 僕はベッドに腰掛けた。 絶妙な具合に設定されたスプリングが、 ふんわりと受け止めてくれる。 シーツも掛け布団も清潔でぴっかぴかだ。 下宿のセンベイ布団とは大違い。 比較するのも悪い。 ごろん、とベッドの上に大の字になる。 絶妙な柔らかさ。全てが高価さを感じさせる。 【司】 「ふぅ……」 真新しい電球が見下ろしてくる。 凄い場所に来てしまった。 予想以上とかそんなもんじゃない。 以上どころか超越している。 超越心力。 昔、ほんの一時期 なんかの事件で人口に膾炙した言葉が頭に浮かぶ。 実にどうでもいい。 【司】 「超越心力」 口に出してみる。 やっぱりどうでもいい。 ああ、頭が疲れている。もちろん身体も。 目をつぶる。 なんだかこのまま眠ってしまいそうだ。 でも、この服のままで出勤は出来ないな……。 着替えくらいは用意しておくか……。 いや、でも、それだって、 朝用意すればいいわけだし……。 …………。 おいおい。しっかりしろ滝沢司。 荷物は来ていないけど、 リーダさんが用意してくれたじゃないか。 五分も経ってない事を失念するとは……。 よほど疲れているらしい。 【美綺】 「リーダさんは行っちゃったみたいだ。  チャンス到来!!」 ううん? 【奏】 「みさきー。やめようよやめようよ。  先生きっとお疲れだよ」 ドアの向こうから聞き覚えのある声がする。 しかもかなり最近聞いたばかりの。 【美綺】 「大丈夫大丈夫っ。  センセ若いし。ぴっちぴちだし。  今頃、目をぎんぎんにして妄想を」 【奏】 「も、妄想って……」 【美綺】 「にっへっへ。  若い男が若い女の子だらけの場所でする妄想なんて  決まり切ってるじゃん」 おいおい。 【奏】 「そ、そんな!? ま、まさか!?  ふしだらだよっ!! ふしだらすぎるよっ!!」 おいおいおい。 えらい言われようだ。 【栖香】 「ふしだらなのは貴方がたの方です」 お。思わぬ助け船。 【奏】 「わわわっい、委員長じゃなくて、  仁礼さん。こっ今晩わです」 【栖香】 「今晩は上原さん」 【美綺】 「すみすみ、こんばんわー」 【栖香】 「……上原さん」 【奏】 「は、はい」 【美綺】 「……アタシは無視!?」 【栖香】 「常日頃から注意している事ですから  判っているとは思いますが、  廊下で騒いではいけません」 【奏】 「は、はい……でもでも  騒いでるって程ではないと思うんです」 【美綺】 「こんなの単なる会話だよっ!!」 【栖香】 「声が大きすぎます」 【美綺】 「しょうがないじゃん。  アタシの地声、大きいんだから!!」 【奏】 「みさきちぃ……  胸張って言うことじゃないよないよ」 【栖香】 「大きいなら小さくするべきです。  そもそも相沢さんには慎みが欠落してます」 いきなり欠落かい。 【奏】 「足りないとは思うけど……  欠落はひどすぎます。欠落は」 ううむ同感。 【美綺】 「いや、ひどくないよ。  すみすみはアタシって人間が、  よく判ってるんだよっ」 【奏】 「そ、そうなのそうなの!?」 【美綺】 「足りないならなんとかなるけど、  欠落しているならしょうがないね@」 【奏】 「ああ、なるほどなるほど!」 【栖香】 「……何処かから拾ってきてつけなさい」 【美綺】 「どこに落ちてるか教えて貰えれば、  拾ってつけるよ! かもーん!」 【栖香】 「……上原さん。  この人を何とかしなさい」 【奏】 「そんな事を言われても困る困ります」 【美綺】 「言い出しっぺはすみすみなんだから、  すみすみが拾って来なくちゃ。  言った事には責任とらなくちゃね」 【栖香】 「…………」 【栖香】 「上原さん。  こんな時間に若い殿方の部屋に押しかけて、  何をしようと云うのですか」 あ、委員長。言い負けた。 【美綺】 「もちろん!! 新任教師を尋問に」 【奏】 「尋問!? 尋問って!?  そんな不穏な事聞いてない聞いてないよぉ」 【美綺】 「善人を装って女子寮に潜り込んだ意図は何か?  それを徹底的に糾明し暴くのが  ジャーナリズムの使命なんだよ!!」 【奏】 「違います違います!!  単なるインタビュー。インタビューなんです!!  尋問とか糾明とかじゃないない!」 【奏】 「趣味とか好みのタイプとか好きな料理とか、  そういう穏当なあれこれを聞くだけ、  聞くだけなんです!」 【美綺】 「にへへ。敵を騙すにはまず味方から」 【奏】 「味方だけ騙して  敵の前で喋ってるよ喋ってるよ!」 【栖香】 「成る程。上原さん……私は敵ですか……」 【奏】 「はわわっ誤解されてるっ!?  誤解誤解誤解!!」 【栖香】 「……尋問にしろインタビューにしろ、  慣れぬ環境に来たばかりの滝沢先生を、  これ以上疲れさせるのはどうかと思います」 【美綺】 「やれやれ、若いのにだらしないねぇ。  わしゃ嘆かわしいよ。わしの若い頃は  はっするはっする!! OH モーレツ!!」 おいおい。 【奏】 「今のは寒いよ寒いよ……  寒すぎだよ……」 【栖香】 「……一体いつの時代に生まれた人ですか」 【美綺】 「語彙が豊富と言って欲しいにゃあ。  大丈夫。きっと滝沢センセならやってくれるよ!!  今頃精力をもてあまして退屈してるよ!!」 おいおいおい。 【栖香】 「駄目です。一日目は誰でも疲れるものですから。  それに点呼まで二時間ありませんし」 確かに疲れてはいるが……。 ■インタビューくらい ■とりあえずほうっておく